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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)22号 判決 2000年2月23日

控訴人 小林勇夫こと李昌錫

被控訴人 総務庁恩給局長 ほか二名

代理人 植垣勝裕 新田智昭 竹中章 北野志郎 岩倉広修 谷岡賀美 糸井博 田中康弘 ほか五名

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二1  主位的請求(原審平成五年(行ウ)第二五号事件)

被控訴人総務庁恩給局長が控訴人に対し平成四年一一月四日付けでした旧軍人普通恩給請求棄却処分を取り消す。

2  予備的請求(原審平成四年(行ウ)第三二号事件)

(一) 控訴人と被控訴人内閣総理大臣との間において、同被控訴人が平和祈念事業特別基金等に関する法律(昭和六三年法律第六六号)に基づいて控訴人に対し平成四年六月二九日付けでした慰労金請求却下決定(総特第一六〇―〇〇二〇三六号)は無効であることを確認する。

(二) 控訴人と被控訴人内閣総理大臣との間において、同被控訴人が平和祈念事業特別基金等に関する法律(昭和六三年法律第六六号)に基づいて控訴人に対し平成四年六月二九日付けでした慰労品請求却下決定(平特却第〇〇〇〇三六号)は無効であることを確認する。

三  原審平成四年(行ウ)第三二号事件

被控訴人国は控訴人に対し一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一一月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

五  第三項につき仮執行の宣言

(被控訴人ら)

主文同旨

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、第二次大戦中に日本軍に従軍し、戦後旧ソヴィエト社会主義共和国連邦(以下「旧ソ連」という。)に捕虜として連行・抑留され、昭和二七年のサンフランシスコ平和条約により日本国籍を喪失した控訴人が

1  恩給法(大正一二年法律第四八号)の規定に基づいて被控訴人総務庁恩給局長(以下「被控訴人恩給局長」という。)に対してした旧軍人普通恩給請求が同被控訴人によって日本国籍喪失を理由に棄却され、また平和祈念事業特別基金等に関する法律(昭和六三年法律第六六号。以下「平和祈念事業法」という。)の規定に基づいて被控訴人内閣総理大臣(以下「被控訴人総理大臣」という。)に対してした慰労金請求及び慰労品請求が同被控訴人によって同じ理由により却下されたとし、恩給法及び平和祈念事業法の日本国籍を持つことを支給等の要件とする規定は控訴人のように自己の意思に基づかない国籍喪失の場合には適用がないと主張し、仮にそのような解釈が採用できないとすれば国籍を要件とするとの各規定が憲法違反ないしは国際人権規約違反であるとして、(一)主位的請求として被控訴人恩給局長に対し、同被控訴人が控訴人に対してした旧軍人普通恩給請求棄却処分の取消し(原審平成五年(行ウ)第二五号事件)、(二)その予備的請求として被控訴人総理大臣に対し、同被控訴人が控訴人に対してした慰労金請求却下決定及び慰労品請求却下決定の各無効確認(原審平成四年(行ウ)第三二号事件)を

2  旧ソ連による強制連行・抑留によって精神的損害を被ったとして、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権、憲法二九条三項に基づく損失補償請求権、立法不作為に基づく損害賠償請求権を根拠として被控訴人国に対し慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払(原審平成四年(行ウ)第三二号事件)を

それぞれ求めている事案である。

二  前提事実(認定の根拠は末尾に示す。)

1  控訴人の経歴

控訴人は大正一四年一〇月一日に朝鮮京畿道水原郡烏山面烏山里三四五(現大韓民国京畿道華城郡烏山邑)で出生した。当時、朝鮮が日本の植民地であったことから控訴人は出生により日本国籍を取得した。

控訴人は昭和一八年四月に京城第一陸軍志願兵訓練所に入所し、同年一二月ころ日本国政府により召集され、昭和一九年一月一〇日に満州国佳木斯において三浦部隊佐久間中隊に入隊した。その後、控訴人は昭和一九年七月ころ関東軍独立守備隊歩兵第二四大隊に配属され、当時の満州国富錦県五頂山付近で軍務に就いた。控訴人は昭和二〇年八月一五日の終戦時、独立歩兵第二六六大隊に所属していたが、同月一六日に同大隊が満州国富錦県方正において旧ソ連軍に武装解除されたことに伴い、旧ソ連軍に捕虜として連行、抑留された。

その後、控訴人は、昭和二〇年九月ころから昭和二八年八月ころまでの間、ハバロフスク、イルクーツク、タイシェット、そして再度ハバロフスクの各捕虜収容所に抑留された後、昭和二八年一二月一日に東舞鶴港に到着して復員した。

控訴人は昭和二七年四月二八日にサンフランシスコ平和条約の発効により日本国籍を喪失し、国籍が現在大韓民国にあるが、日本政府から永住許可を受けている(争いのない事実、<証拠略>)。

2  在日韓国人に対する補償の現状等

日本と韓国は昭和四〇年六月二二日に、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「日韓協定」という。)に署名し、これが批准を経た後である同年一二月一八日に発効した。同協定二条一項は「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が一九五一年九月八日にサンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条aに規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」と規定し、同条三項は「二の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関してはいかなる主張もすることはできないものとする。」と規定している。

他方、同協定二条二項本文は「この条の規定は次のもの…に影響を及ぼすものではない。」とし、同二項aで「一方の締約国の国民で一九四七年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがある者(いわゆる在日韓国人)の財産、権利及び利益」と規定し、控訴人らいわゆる在日韓国人の有する「財産、権利及び利益」は同協定二条一項に規定する「完全かつ最終的に解決された」とする対象から除外された。

ところが、同協定二条二項aについて日本政府は「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められる全ての種類の実体的権利」に限定されるので、国内法上の根拠を欠き実体的権利に該当しない部分は同協定により完全かつ最終的に解決されたとする。したがって、その適用範囲が国籍条項等により日本国民に限定されているようなものについては、在日韓国人に請求権がないので、国内法上の根拠を欠き同協定二条二項aに該当せず解決済としている(争いがない。)。

3  控訴人の恩給等の請求手続及び被控訴人らの対応

(一) 控訴人は平成四年三月一二日に被控訴人恩給局長に対し普通恩給請求をした。これに対し、被控訴人恩給局長は平成四年一一月四日に控訴人に対し「控訴人は昭和二七年のサンフランシスコ平和条約の発効により日本国籍を喪失しており、これは恩給法九条一項三号に規定する普通恩給を受ける権利を失うべき事由に該当する。」との理由で請求を棄却する旨の処分をした(争いのない事実、<証拠略>)。

(二) 控訴人は平成五年四月七日に被控訴人恩給局長に対し異議申立てをした。これに対し、同被控訴人は平成五年五月二五日に控訴人の異議申立てを棄却する旨の決定をした(争いがない。)。

(三) 控訴人は平成五年八月二日に総務庁長官に対し審査請求をしたが、同長官は同請求に対し、平成五年一一月二日が経過するまでに裁決をしなかった(争いがない。)。

4  平和祈念事業法に基づく慰労金及び慰労品支給請求及び被控訴人らの対応

(一) 控訴人は平成四年二月二四日に被控訴人総理大臣に対し平成祈念事業法四四条に基づき慰労金の支給請求をした。これに対し、同被控訴人は平成四年六月二九日に控訴人が日本国籍を有しないことを理由に請求を却下する旨の処分をした(争いがない。)。

(二) 控訴人は平成四年二月二四日に被控訴人総理大臣に対し平和祈念事業法に基づき慰労品の支給請求をした。そこで、平和祈念事業特別基金理事長は平成四年六月二九日に控訴人に対し、控訴人が日本国籍を有しておらず慰労品贈呈の対象に該当しない旨を通知した(争いがない。)。

三  争点

1  本案前

(一) 控訴人の被控訴人総理大臣に対する原審平成四年(行ウ)第三二号事件の各訴えは各請求が主観的予備的併合のものとして不適法か(争点1)。

(二) 控訴人の被控訴人総理大臣に対する慰労品請求の「却下決定」の無効確認を求める訴えは不適法か。すなわち、平和祈念事業特別基金の理事長がした前記第二、二、4(二)の通知は行政処分か(争点2)。

2  本案

(一) 恩給法及び平和祈念事業法の各国籍条項(以下両法の国籍条項を併せて単に「本件国籍条項」という。)は、自己の意思に基づかない国籍の喪失の場合にも適用されるか(争点3)。

(二) 本件国籍条項は合憲であるか。また国際人権規約に適合するか(争点4)。

(三) 被控訴人国に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の当否(争点5)。

(四) 被控訴人国に対する憲法二九条三項に基づく損失補償請求の当否(争点6)。

(五) 被控訴人国に対する立法不作為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の当否(争点7)。

第三争点に関する当事者双方の主張の概要

原判決の事実及び理由第三に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決の二五ページ八行目冒頭の「法律第一五五号」を「恩給法の一部を改正する法律(昭和二八年法律第一五五号)」と改める。)。

第四当裁判所の判断

当裁判所も、当審における当事者双方の主張、立証を合わせ考えても、控訴人の被控訴人総理大臣に対する各訴えは不適法で却下すべきもの、被控訴人恩給局長及び同国に対する請求はいずれも理由がなく棄却すべきものと判断するものであるところ、右判断を導くに至った争点に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一  争点1(被控訴人総理大臣に対する各訴えは主観的予備的併合として不適法か。)について

1  一般に、訴えの主観的予備的併合は、予備的被告(被控訴人)が応訴上不利益、不安定な地位に置かれることになることから原則として不適法と解すべきであるが(最高裁昭和四三年三月八日判決・民集二二巻三号五五一頁)、請求相互の関係や予備的被告(被控訴人)と主位的被告(被控訴人)との関係からみて、予備的請求の被告(被控訴人)が応訴上不当に不利益、不安定な立場に立たされるといえない場合には、このような併合形態も許容されると解するのが相当である。そして、許容される場合としては、被告(被控訴人)が実質的に同一である場合(例えば、被告(被控訴人)の一方が国又は公共団体で他方がその行政機関である場合等)、あるいは、請求相互間の関係から、予備的被告(被控訴人)が応訴上不当に不利益、不安定な立場に立たされるといえない場合(例えば、主位的に土地収用委員会を被告として収用裁決の取消しを求め、予備的に起業者を被告として損失補償金の増額を求める場合等)に限られるというべきである。

2  ところで、恩給法(大正一二年法律第四八号)は「公務員及其ノ遺族ハ本法ノ定ムル所ニ依リ恩給ヲ受クル権利ヲ有スル」(一条)、「本法ニ於テ恩給トハ普通恩給、増加恩給、傷病賜金、一時恩給、扶助料及一時扶助料ヲ謂フ」(二条一項)、「年金タル恩給ヲ受クルノ権利ヲ有スル者左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ其ノ権利消滅ス 一 死亡シタルトキ 二 死刑又ハ無期若ハ三年ヲ超ユル懲役若ハ禁錮ノ刑ニ処セラレタルトキ 三 国籍ヲ失ヒタルトキ」(九条)、「裁定庁ハ年金タル恩給ヲ受クルノ権利ヲ有スル者ニ付其ノ権利ノ存否ヲ調査スヘシ」(九条ノ二)、「恩給ヲ受クルノ権利ハ総務庁ノ内部部局トシテ置カルル局ニシテ恩給ニ関スル事務ヲ所掌スルモノノ局長之ヲ裁定ス」(一二条)などと定めている。

また、平和記念事業法は「この法律は、旧軍人軍属であって年金たる恩給又は旧軍人軍属としての在職に関連する年金たる給付を受ける権利を有しない者、戦後強制抑留者、今次の大戦の終戦に伴い本邦以外の地域から引き揚げた者等(以下「関係者」という。)の戦争犠牲による労苦について国民の理解を深めること等により関係者に対し慰藉の念を示す事業を行う平和祈念事業特別基金の制度を確立し、及び戦後強制抑留者に対する慰労品の贈呈等を行うことに関し必要な事項を規定するものとする。」(一条)、「この法律において『戦後強制抑留者』とは、昭和二〇年八月九日以来の戦争の結果、同年九月二日以後ソヴィエト社会主義共和国連邦又はモンゴル人民共和国の地域において強制抑留された者で本邦に帰還したものをいう。」(二条)、「内閣総理大臣は、戦後強制抑留者又はその遺族に総理府令で定める品を贈ることによりこれらの者を慰労するものとする。」(四三条一項)、「内閣総理大臣は、前章の規定により基金が設立されたときは、基金に前項の慰労の事務を行わせるものとする。」(四三条二項)、「戦後強制抑留者又は昭和六三年七月三一日以前に死亡した戦後強制抑留者(以下「死亡者」という。)の遺族で、同年八月一日において日本の国籍を有するものには、前条第一項の慰労品を贈るほか、慰労金を支給する。ただし、同日において次の各号に掲げる給付を受ける権利を有する者若しくは同日前においてその権利を有した者又はこれらの者の遺族(その権利を有する者又はその権利を有した者が死亡者の遺族であるときは、当該死亡者の他の遺族を含む。)については、この限りではない。一 恩給法(大正一二年法律第四八号)その他の恩給に関する法令の規定による年金たる恩給(恩給法の一部を改正する法律《昭和二八年法律第一五五号》附則二二条〔旧軍人、旧準軍人及び旧軍属の公務傷病恩給の特例〕第一項ただし書の規定による傷病賜金を含む。)で、当該年金たる恩給の給与事由が第二条に規定する地域において強制抑留されていた期間(以下この項において「抑留期間」という。)内に負傷し、若しくは疾病にかかったことにより生じたもの又は抑留期間が当該年金たる恩給の基礎在職年に算入されているもの」(四四条一項)、「慰労金の支給を受ける権利の認定はこれを受けようとする者の請求に基づいて、内閣総理大臣が行う。」(四四条二項)、「前項の請求は総理府令で定めるところにより昭和六八年三月三一日(括弧内記載は省略)までに行わなければならない。」(四四条三項)、「前項の期間内に慰労金の支給を請求しなかった者には慰労金は、支給しない。」(四四条四項)などと定めている。

3  本件においては、控訴人が恩給法の規定に基づいて被控訴人恩給局長に対してした旧軍人普通恩給請求が同被控訴人によって日本国籍喪失を理由に棄却されたことを不服とし、争点3及び同4に関する控訴人の主張を根拠として被控訴人恩給局長の棄却処分の取消を求め、被控訴人恩給局長に対する請求が認容されない場合に、争点3及び同4に関する控訴人の主張を根拠として平和祈念事業法の規定に基づいて被控訴人総理大臣に対してした慰労金請求の却下処分及び慰労品請求の「却下」処分の無効確認を求めているものである。

これに対し、被控訴人総理大臣は争点3及び同4に関する控訴人の主張を争い反論を展開しているほか、慰労品請求に対しては行政処分がないとして請求にかかる訴えの適法性を争い(平和祈念事業法の前記規定では、慰労品については内閣総理大臣がこれを「贈る」との文言が用いられている一方、慰労金についてはこれを「支給」するとされ、慰労品と慰労金が明らかに異なる表現をもって区別されているほか、慰労金は請求によって支給すると定められているが、慰労品についてはそのような規定がないことから、処分性の有無はそれ自体一個の問題である。)、また平和祈念事業法の立法趣旨、目的等からしてこれが恩給法のそれと同列に論じることができないなどの主張立証を行っているのである。

4  そこで、1で述べた基本的な立場において本件における控訴人の被控訴人総理大臣に対する訴えの適否を検討すると、「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。」(憲法七二条)権限を持ち、国政上は被控訴人恩給局長に対する最終指揮監督権者ではある。しかし、本件における恩給法にかかる総務庁恩給局長(被控訴人)、平和祈念事業法にかかる内閣総理大臣(被控訴人)のように、いずれも行政各法規によって権限を与えられる国の機関にすぎず、前記の恩給法の諸規定等に照らしても同法上の被控訴人恩給局長の行為の効果が直接被控訴人総理大臣に帰属するなどのこともなく、行政事件訴訟手続において被控訴人総理大臣と被控訴人恩給局長とが実質的に同一の当事者であるということはできない。

また、前項までに述べた関連法規の内容等、本件における控訴人及び被控訴人総理大臣の主張及び争点等に照らすと、恩給法九条及び平和祈念事業法四四条一項に定める本件国籍条項が憲法一四条、B規約二六条等に反し無効であるかどうかの点では主張立証の重なりが認められるものの、前記のとおり恩給法と平和祈念事業法とでは立法時期、立法経過、立法目的、具体的な規定文言及び内容等が異なり、被控訴人総理大臣としては恩給法に関する立法経過等のほか、平和祈念事業法に関する固有の事情の主張立証を強いられるのみならず、慰労品請求却下処分の取消請求においては行政処分性の有無という本案前の論点(争点2)もあってそれに関する主張立証も欠くことができない立場に置かれているのである。

したがって、主位的請求と予備的請求の関係から予備的被告(被控訴人)である被控訴人総理大臣は、いわば主位的請求における控訴人の主張立証にも防御方法を提出したうえ、予備的請求に対する独自の主張立証をも強いられていると見るほかないから、同被控訴人が応訴上不当に不利益、不安定な立場に立つことがないとは到底いえない。

そうすると、被控訴人総理大臣に対する各訴えは主観的予備的併合として不適法であるといわざるを得ない。

よって、被控訴人総理大臣に対する本件各訴えは、争点2などその余の点について判断するまでもなく、いずれも却下を免れない。

二  争点3(国籍条項は自己の意思に基づかない国籍喪失の場合にも適用されるか。)及び争点4中の恩給法の国籍条項の合憲性及び国際人権規約適合性について

1  恩給法の立法及び関連事実の経緯

(一) 我が国の恩給制度は明治八年に軍人を対象とする制度として発足したが、その後対象職種が巡査・看守(明治一五年)、官吏、教職員(明治二三年)に拡大され、これらが別々の法令に規定されていたところ、大正一二年制定の恩給法で一つの制度に統合・整備された。

統一前の恩給制度の各法令には国籍条項は存しなかった(ただし、発足当初の関係法令には、日本人たる「分限」を失った場合にはその間支給を停止する旨の規定が存し、明治二三年以後の関係法令には、そのような場合に受給する資格ないし権限が剥奪される旨の規定が設けられていた。)。

明治三二年に国籍法が制定公布され、その後の大正一二年に制定された恩給法には現行恩給法と同じ国籍条項が規定された。

<証拠略>によれば、大正一二年制定の恩給法の法案(政府提出議案)について帝国議会の衆議院恩給法改正に関する建議案外二件委員会における審議の過程で大正一二年二月二〇日に次のような質疑応答がなされたことが認められる。

すなわち、同委員会の当時の委員(議員)三浦得一朗から、同法案第九条に関して「『国籍ヲ失ヒタルトキ』ト云フノハ、何レ外国アタリヘ帰化シタ人間ダラウト思ヒマスガ、現ニ亜米利加ヘ帰化シテ居ル人デ恩給ヲ失ッタト云ッテ陳情シテ来テ居ル者ガアリマスガ、是ハ兎ニ角、日本帝国臣民トシテ戦没ニ従事シテ相当ノ功労ガアッテ、既ニ恩給年限ニモ違シタ者デアルガ、一朝ニシテ日本国民タルノ資格ヲ失ッタ場合ニハ停止スルト云フコトハ、少シ不当ナ事デハナイカト思ヒマス、假令国籍ヲ失ッテモ其人ノ勲功ハ存シテ居リマスカラ、是ハ均シク国籍ヲ失ッテモ、恩給ヲ支給スベキ性質ノモノデハナカラウカト自分共ハ考ヘテ居リマスガ、如何デスカ」との質疑がなされたのに対し、当時の内閣恩給局長(政府委員)入江貫一は、「日本ノ国籍ヲ有スレバコソ、其者ニ生涯恩給ヲ給シ、又遺族ニ扶助料ヲ給スルノデアリマス、ソレガ何カノ事情デ日本人ニ非ザル者トナッタ場合ニモ尚ホ恩給ヲ給シ、若クハ其子孫ニ遺族扶助料ヲ給スル必要ハアルマイト考ヘマス、ソレデ国籍ヲ失ヒタルトキハ恩給権ハ無クナルト云フ規定ニシタノデアリマス」と答弁している。

(二) 第二次世界大戦終結後、連合軍最高司令部の指示に基づく昭和二一年勅令第六八号等により、軍人、準軍人、軍属及びこれらの遺族に対する恩給、扶助料等の支給が一部重度の戦傷病者に対するものを除いて一切停止され、同年の恩給法の一部を改正する法律(昭和二一年法律第三一号)により、軍人、準軍人、軍属及びこれらの遺族が恩給権者から除外された。

(三) 昭和二六年九月八日に署名され昭和二七年四月二八日に発効したサンフランシスコ平和条約において、朝鮮、台湾等を初め日本国がその独立を承認し、あるいは、日本国が有するすべての権利、権原及び請求権を放棄する地域(いわゆる分離独立地域)が規定され(二条)、日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄するとされた(同条a)。

また、分離独立地域に関し、日本国及びその国民に対する現に右地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理は、日本国と右当局との特別取極の主題とする旨規定された(四条a)。

(四) 昭和二八年八月一日施行の恩給法の一部を改正する法律(同年法律第一五五号)により、旧軍人等及びこれらの遺族に対する恩給の支給が復活したが、その際従前の国籍条項は改正の対象とならなかった。

<証拠略>によれば、右の恩給法の一部を改正する法律案(政府提出議案)についての衆議院内閣委員会厚生委員会海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会における審議の過程において昭和二八年七月一三日に次のような質疑応答がなされたことが認められる。

すなわち、同委員会の当時の委員(議員)中川源一郎から「台湾の人で現在台湾に国籍があって、戦争当時は日本人であった、朝鮮の国籍があっても、戦争当時は日本に国籍があって、そうして日本の国のために戦死した者、傷ついた者、あるいは千島とか沖縄にもあるけれども、これらに対しまして、明確に戦死したということのわかっておる者に対しまして、恩給が出せるものであるかどうかということの御答弁をひとつ。」との質疑がなされたのに対し、当時の総理府恩給局長(政府委員)三橋則雄は「台湾、朝鮮人で戦傷病死した人の取扱いについてお話がございましたが、今の恩給法の現状からは給し得ないようなことになっておりますので、もしも給するということになりますれば、特別な法律的な措置がいることと思っております。」との答弁をしている。

(五) 昭和四〇年六月二二日、日本と韓国との間において、サンフランシスコ平和条約四条aの特別取極の一つとして、日韓協定が締結、署名され、批准を経て、同年一二月一八日に発効した。日韓協定は日本から韓国に対する経済協力を規定し(一条)、「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」(二条一項)と規定し、同条三項は「一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であって、この協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」と規定している。

また、同協定は「この条の規定は、次のものに影響を及ぼすものではない。」(二条二項本文)とし、「一方の締約国の国民で昭和二二年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益」(同項a)と規定している(右にいう「一方の締約国の国民で昭和二二年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるもの」としては、実際には主としていわゆる在日韓国人がこれに当たる。以下、右に該当する韓国国民を「在日韓国人」という。)。

そして、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(日韓協定)についての合意された議事録2aには、同協定二条に関し「財産、権利及び利益」とは「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」をいう旨規定されている。

そして、日韓協定二条の実施に伴い、日本においては、昭和四〇年一二月一七日、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(日韓協定)二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律が制定され、これにより、韓国又はその国民の財産権であって、同協定二条三項の財産、権利及び利益に該当するものは、原則として同協定署名の日(同年六月二二日)において消滅したものとされた。

他方、韓国においては、請求権資金の運用及び管理に関する法律、対日民間請求権申告に関する法律、対日民間請求権補償に関する法律等が制定され、韓国政府が、日韓協定の経済協力により導入された資金等により、韓国国民の日本国政府に対する各種債権や日本国により軍人軍属等として召集又は徴用され、終戦前に死亡したことにより日本国に対して有した請求権等の民間請求権の補償をしたが、在日韓国人はこれらの補償対象者からは除外された。

そして、<証拠略>によれば、日本政府は日韓協定について「同協定第二条2aは、昭和二二年八月一五日から同協定の署名の日である昭和四〇年六月二二日までの間に、日本国に居住したことのある韓国人の『財産、権利及び利益』については、同条の規定が影響を及ぼすものではない旨規定しているところ、ここでいう『財産、権利及び利益』とは、同協定についての合意がなされた際の議事録2aからしても、『法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利』に限定されている。しかるに、旧軍人に対する普通恩給については、昭和二八年に復活された際、日本国籍を有する者にだけ普通恩給を給するとされているから、およそ日本国籍を有しない旧軍人の普通恩給は国内法上の根拠を欠き、右『実体的権利』に該当する余地はない。したがって、昭和二二年八月一五日から協定の署名の日である昭和四〇年六月二二日までの間に我が国に居住したことのある韓国人に関するものであっても、旧軍人の普通恩給請求権の問題は、同協定第二条一項に規定されているとおり、完全かつ最終的に解決済みである。」旨の理解をしていることが認められる。

2  争点3(国籍条項は自己の意思に基づかない国籍喪失の場合にも適用されるか。)について

恩給法は九条一項三号で「国籍ヲ失ヒタルトキ」を恩給を受ける権利の消滅事由として規定しているところ、控訴人は、これは自己の意思による国籍喪失のみを指す旨主張する。

しかしながら、同号は、国籍喪失の経緯、態様については何ら定めていないから、国籍喪失に至った経緯、態様を問わない趣旨であると解するのが文理上自然であること、立法者意思の観点からしても、前記1(一)のとおり大正一二年の立法時においても、また、前記1(四)のとおり昭和二八年の改正時においても、国籍喪失の理由の如何を問わない意思であったことが認められる(大正一二年の立法時の質疑は、直接的には、自己の意思に基づかない国籍喪失についてのものではないが、国籍喪失の理由の如何を問わないという思想は表明されていると解される。)ことからして、恩給法九条の国籍条項は、自己の意思によらない場合も含むと解するのが相当である(最高裁平成四年四月二八日判決・裁判集民事一六四号二九五頁以下参照)。

よって、争点3に関する控訴人の主張は理由がない。

3  争点4中の恩給法の国籍条項の合憲性及び国際人権規約適合性について

(一) 憲法一四条一項は、その保障の対象となる権利等の性質上特段の事情が認められない限り、少なくとも我が国に在住する外国人に対してもその保障が及ぶべきものと解されるが、右規定は合理的な理由のない差別を禁止する趣旨のものであり、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないと解すべきである。

ところで、恩給法は本来、使用者である国による公務員の退職後の本人又はその遺族の生活の保障ないし援助という社会保障的要素を有するものであり、このような性質を有する恩給の受給権は、恩給法によって初めて創設された権利であるところ、このような援助は、その対象者の所属する国家の責任においてなされることが現在の国際間で基本的に容認されている実状にあると解される。また、恩給が公務員であった者に対する処遇の一環であることからすれば、どのような処遇を行うかは、一国の公務員制度全体を視野にいれた巨視的な観点からの立法政策的な裁量の働くべき要素が大きい。

このような恩給の特殊性を考慮し、また、前記1(四)の昭和二八年の恩給法の一部を改正する法律の制定時において、これに先立ち、前記1(四)のとおり、朝鮮半島及び台湾出身者に対する補償問題は、韓国政府と日本政府との特別取極によって解決されることが予定されていたことを考慮すると、立法政策の当否は別として、本件国際条項が憲法一四条一項に違反するような不合理な差別であるとはいえないと解される(最高裁平成四年四月二八日判決集民一六四号二九五頁以下参照)。

ところで、前記1(五)のとおり、日本政府は、昭和四〇年に日韓協定が締結され、昭和二二年八月一五日から協定の署名の日である昭和四〇年六月二二日までの間に我が国に居住したことのある韓国人に関するものであっても、旧軍人の普通恩給請求権の問題は、同協定第二条一項に規定されているとおり、完全かつ最終的に解決済みであると解していることが認められ、法的にも右の政府見解どおりだとすると、昭和二八年の恩給法の一部を改正する法律の制定当時の差別的取扱いの合理性を弱める要素になるといえる。

しかし、前述の恩給の特殊性をも勘案すれば、右の特別取極によって補償されることがなくなったとしても、そのことから直ちに日本国籍を有しない者と有する者とを同じ恩給法により、かつ、全く同等に補償すべきであるとの結論が導かれるわけではなく、この点は、やはり立法政策に属する問題であるというべきである。したがって、右の特別取極に相当する日韓協定が締結された後、別途他の補償立法措置をとらない場合でも、そのことから当然に本件国籍条項を廃止して、日本国籍を喪失した者にも恩給法を適用すべきであるということにはならない。

国籍条項を存続させたことについては、そのような立法政策をとったことの当否、あるいは、争点7の立法の不作為が問題になる余地があることはともかく、そのことの故に、日韓協定締結以後当然に本件国籍条項が憲法一四条一項に違反することになるということはできないというべきである。

(二) また、控訴人は本件国籍条項がA規約二条二項、九条、B規約二六条に違反し無効である旨主張し、A規約等には次のような定めがある。

すなわち、A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)(昭和五四年八月四日条約六号、昭和五四年九月二一日発効)二条二項は「この規約の締約国は、この規約に規定する権利が人権、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」と、九条は「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と、またB規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)(昭和五四年八月四日条約七号、昭和五四年九月二一日発効)二六条は「すべての者は法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」とそれぞれ定めている。

なお、A規約二条一項は「この規約の各締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、個々に又は国際的な援助及び協力、特に経済上及び技術上の援助及び協力を通じて行動をとることを約束する。」とも定め、またB規約二条一項は「この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」と定めている。

そこで、判断すると、以上の各規約の条項等のほか、憲法一四条の規定の趣旨等に照らすと、すべての者の平等を原則的に宣言し、合理的な理由のある場合に限って差別的な扱いが許容されるという判断の枠組み及びいわゆる自由権に属する地位等といわゆる社会権に属する地位等とで国が立法等において要請される責務の範囲程度等が異なるという平等概念の相対的・多義的な性質等において、控訴人の主張する各規約における平等原則と憲法一四条の宣言する平等原理もその根本趣旨においては異なるところがなく、前項のとおり、少なくとも恩給の受給権に関する恩給法の国籍条項が不合理な差別を行うものということはできないから、右規約に反する無効なものということもできないというべきである。

控訴人は、ウィーン条約(昭和五六年七月二〇日条約一六号)(昭和五六年八月一日発効)三一条、三二条の規定(条約の解釈に関する規定)等を根拠に、右各規約等の解釈において立法裁量論等を適用することはできない旨主張する。しかし、ウィーン条約がB規約等に対しても適用されるかどうかは別としても、同条約の規定から直ちに立法裁量論等を適用できないことにはならない(控訴人は、条約の文言の解釈の補足資料として判例法が使用されることなどを指摘し、それらを根拠に右の主張をしているもののようであるが、本件に関し、右各規約の関係で我が国に対し拘束力を有する判例法は存しない。)。

(三) さらに、控訴人は憲法一四条一項及び国際人権規約の解釈について規約人権委員会の「見解」、「意見」等を根拠にした主張をするが、我が国はB規約四一条に基づく宣言(我が国に関して他の締約国がなす通報を規約人権委員会が審理する権限を認める旨の宣言)をしておらず、また第一選択議定書も批准していないことから、同委員会の「見解」等は、我が国の裁判所を法的に拘束するものではない(この点は控訴人も認めるところである。)。したがって、同委員会の「見解」等はあくまで事実上の意見として斟酌されるにとどまる。

(四) 以上のとおり、争点4中の恩給法の国籍条項の合憲性及び国際人権規約適合性に関する控訴人の主張は理由がない。

三  争点5(被控訴人国に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の当否)について

1  事実経緯

(一) シベリア抑留等をめぐる事実経緯(公知の事実である。)

第二次世界大戦は、昭和二〇年八月一五日我が国がポツダム宣言を受諾し同年九月二日のミズーリ号艦上での降伏文書へ署名をすることにより終結した。

旧ソ連は、ポツダム宣言受諾に先立ち、同年八月八日に有効期間内にあった日ソ中立条約を一方的に破棄して、我が国に対し宣戦を布告し、旧満州及び朝鮮に侵攻し、日本軍を攻撃し、旧満洲、旧関東洲、北部朝鮮、南樺太、千島の各地を占領した。この間、我が国はポツダム宣言(同宣言九項には「日本国軍隊は、完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し、平和的且生産的の生活を営むの機会を得しめらるべし。」と定められていた。)の受諾に伴い、対ソ戦線を収拾するため、日本軍に対し、同年八月一六日付け大陸命第一三八二号をもって戦闘行動の停止を命じ、また同月一九日付け大陸命第一三八六号をもって同月二二日午前零時以降の作戦任務を解くなどの命令を発し、この結果、日本軍は各地においてソ連軍により武装解除を受けた。武装解除された日本軍将兵は徒歩行軍によって主要都市に集結させられ、同年九月ころから旧ソ連軍により逐次作業大隊を編成され、シベリア、中央アジア、ヨーロッパ、ロシア、極北、外蒙などに鉄道で輸送され、約二〇〇〇の地点の収容所に捕虜として分散抑留されて強制労働に服させられた。

(二) 控訴人の抑留経歴等

控訴人は、前記第二の二1認定のとおり、昭和一九年七月ころ関東軍独立守備隊歩兵第二四大隊に配属され、当時の満州国富錦県五頂山付近で軍務に就いた後、昭和二〇年八月の終戦時には独立歩兵第二六六大隊に所属していたが、同大隊が敗戦後満州国富錦県方正において旧ソ連軍に武装解除されたことに伴い、同軍に捕虜として連行、抑留された。その後、控訴人は、昭和二〇年九月ころから昭和二八年八月ころまでの間、ハバロフスク、イルクーツク、タイシェット、そして再度ハバロフスクの各捕虜収容所に抑留された。

2  判断

一般に、安全配慮義務はある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対し信義則上負担する義務であって、国家公務員の場合には、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は国家公務員が国若しくは上司の指示の下に遂行する公務の管理に当たって、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務と解される。このような義務は、大日本帝国憲法の下において徴兵又は志願により軍務に就いている軍人と国との間でも存在しないものではないと解される(戦地において戦闘行為に従事し、敵の攻撃等により生命身体の危険にさらされることが当然に予定される軍務の特質等から、一般の公務員に比してその適用範囲は制限されると解される。)が、いかなる事実関係について安全配慮義務違反が問われるかが問題となる。

この点、控訴人は、被控訴人国がポツダム宣言を受諾し、軍人の戦争遂行という任務を解いたからには、軍人である控訴人の生命、身体の安全を図り可及的速やかに本国に帰還させるべき義務を負っていたのに、被控訴人国はこれを怠った旨主張する。

しかし、ポツダム宣言九項には前記1(一)のとおり「日本国軍隊は、完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し、平和的且生産的の生活を営むの機会を得しめらるべし。」と定められており、我が国は同宣言を受諾して無条件降伏をしたのであるから、日本軍は解体され消滅することになったものである。また、現実に連合国軍が日本を占領し、我が国の統治組織を支配下に収めるまでの間は、軍及び政府が事実上その機能を失っていなかったとしても、国が無条件降伏をし、外地にある軍もこれに従う以上、軍人は、降伏した敵国の元軍人として、その滞在地を支配する国の取扱いにゆだねられることになるのは必然的な成り行きといわざるを得ない。したがって、このような状況下にあっては、我が国がポツダム宣言を受諾して我が国の軍人に武装解除を命ずるに当たり、その軍人の帰還につき滞在地を支配する国(本件では当時の旧ソ連)の政府と軍人の帰還について外交交渉を尽くさなかったとしても直ちに安全配慮義務に違反したとはいえないというべきである(最高裁平成九年三月一三日判決参照)。

よって、争点5に関する控訴人の主張には理由がない。

四  争点6(被控訴人国に対する憲法二九条三項に基づく損失補償請求の当否)について

控訴人は、強制抑留により生命が危険にさらされ、過酷な強制労働や思想教育等により身体の自由、思想信条の自由等に重大な侵害行為を受けたとして、これによる損害について、憲法二九条三項の適用ないし類推適用により補償されるべきであると主張する。

しかし、戦争中から戦後にかけての国の存亡にかかわる非常事態の下で国民が堪え忍ぶことを余儀なくされた犠牲に対する補償については、国家財政、社会経済、戦争によって国民が被った被害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解するのが相当である。シベリア抑留者が長期間にわたる抑留と強制労働によって受けた損害が深刻かつ甚大なものであったことを考慮しても、他の戦争損害と区別して、憲法の右条項に基づき、その補償を認めることはできないものといわざるを得ない(最高裁平成九年三月一三日判決参照)。

よって、争点6に関する控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  争点7(被控訴人国に対する立法不作為に基づく損害賠償請求の当否)について

国会議員は、立法に関しては、原則として国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うがごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものというべきである(最高裁昭和六〇年一一月二一日判決民集三九巻七号一五一二頁以下)。

これを本件についてみるに、憲法には、そもそも具体的に軍人に対する恩給等の制度についての規定や、あるいは、その適用において本件におけるような状況下で在日外国人と日本人との取扱いを同等にすべき旨の規定は存しないから、控訴人が主張する立法の不作為について、これが前記の例外的な場合に当たると解すべき余地はない。

したがって、控訴人の主張する立法の不作為は国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、争点7に関する控訴人の主張は理由がない。

第五なお、当審における控訴人の主張に鑑み、若干付言する。

一  控訴人は、争点1に関して、本件主位的請求に係る訴えの被告である被控訴人恩給局長と、主観的予備的請求に係る訴えの被告である被控訴人総理大臣との関係につき、本件のような行政事件訴訟においては、行政主体は国で、その担当部署が行政機関に該当し、当事者は実質的に一体とみられる場合であり、したがって、国側の代理人も共通しているのであるから、予備的被告が応訴上不当に不利益、不安定な立場に立たされるともいえない、と主張し、被控訴人総理大臣に対する訴えを不適法却下した原判決には、主観的予備的併合に関する法解釈の誤りがある、と主張する。

しかしながら、恩給法に係る被控訴人恩給局長と平和祈念事業法に係る被控訴人総理大臣とは、その権限の関係等からして、実質的に同一の当事者であるということはできないし、国側の代理人共通の点も、なるほど被控訴人恩給局長と被控訴人総理大臣の指定代理人の一部が共通であるが、これは、国の利害に関係のある争訟を国として統一的、一元的に実施し、法律上の紛争の適正な解決を図るために、国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律(昭和二二年法律第一九四号)が制定されたことによるものであり、行政事件において被告である行政機関が複数である場合に、法務大臣が指定した法務大臣の所部の職員である指定代理人が共通となることは被告である行政機関の一体性とは何ら関係のない事柄である以上、予備的被告である被控訴人総理大臣が応訴上不当に不利益、不安定な立場に立たされることを否定することはできないので、原判決に主観的予備的併合に関する法解釈の誤りがあるとする控訴人の主張は理由がない。

二  控訴人は、原判決が被控訴人総理大臣に対する慰労品請求却下決定の無効確認を求める訴えについて、争点2後段(平和祈念事業特別基金の理事長がした控訴人が慰労品贈呈の対象に該当しない旨の通知は行政処分か)に関して全く判断しなかったのは判断遺脱である、と主張する。

しかし、原判決は、右一のとおり、訴えの主観的予備的併合が不適法であることを理由に、控訴人の被控訴人総理大臣に対する各訴え(その一つに慰労品請求却下決定の無効確認の訴えがある。)は不適法である旨の判断をしている以上、争点2後段に関し判断をする必要のないことは明らかであるから、判断遺脱をいう控訴人の主張は理由がない。

三  控訴人は、争点3、4に関し、「本件における外国人」の分類は単なる外国人一般の分類ではなく、「元日本国籍を有し、戦後自己の意思によらずに(民事局長通達によって国籍選択権を与えられずに)日本国籍を剥奪された現在は外国人である者」という分類を意味し、控訴人は外国人というよりは限りなく日本人に近い存在であるから、本件では厳格な合理性の審査を要することになる、としたうえで、原判決は、結局、合理性の審査基準につき本来極めて強度の厳格な基準を使うべきであるにも拘わらず、緩やかな基準を用い、かつ、憲法一四条の要件解釈につき法律改正等の立法過程に参加できない控訴人の請求を、立法裁量論を用いて棄却したものであるが、「本件における外国人」につきこのような議論は誤りである、と主張する。

しかしながら、控訴人のいう「元日本国籍を有し、戦後自己の意思によらずに(民事局長通達によって国籍選択権を与えられずに)日本国籍を剥奪された現在は外国人である者」を恩給法における支給対象者に含めるか否かということも、立法府の裁量に属する事柄であり、控訴人の主張するように、問題となっている者が一般の外国人であるか、控訴人のいう「元日本国籍を有して、戦後自己の意思によらずに(民事局長通達によって国籍選択権を与えられずに)日本国籍を剥奪された現在は外国人である者」であるかによって、異なった合憲性(合理性)の判断基準が用いられなければならないとする理由は必ずしもない。

なお、当該事項について、立法府が裁量権を有するかどうかは、憲法等の解釈により決められるべき事柄であり、立法過程に参加できない者に関する事項については立法府の裁量権がないとの主張は独自の見解というほかなく、これまた理由がない。

四  控訴人は、同じく争点3、4に関し、恩給法の立法趣旨は、公務員が公務を執行するため失った経済上の取得能力を補う目的で国家が金銭的給付を行うことにあるとし、また、恩給法上の権利が社会保障的側面を有することを根拠に、恩給法の立法趣旨からすれば、控訴人を含む旧植民地出身者に対しても、公務員として公務を執行したか、という観点のみから恩給法は当然に適用されるべきであり、かつ旧植民地出身者に対する恩給の給付の内容についても一義的に明確に確定しており、当該場合においては何らかの立法裁量が働く余地などなく、厳格な合理性審査がなされるべきである、と主張する。

しかしながら、前述のとおり、恩給受給権は、公務員制度の一環として、恩給法によって初めて創設された権利であり、使用者である国による公務員の退職後の本人又はその遺族の生活の保障ないし援助という社会保障的要素を有するものであって、公務に従事したことに対する報償又は公益のために個人が特別に払った犠牲に対する国家の補償責任若しくは損害賠償責任として実体法上存在する権利を確認したり具体化したものではない。このような恩給受給権の性質を前提とする限り、立法府はその受給権者の決定について、もともと広範な裁量権を有しているものというべきである。

そして、公務員制度が日本国民を対象としていたこと、財政負担の程度及び国家は自国民保護の第一次的責務を負うものであること等を考慮したうえ、恩給受給権者を日本国籍を有する者に限定した政策的判断が、立法府の裁量権を逸脱しているということはできない。

五  控訴人は、争点4に関し、原判決が本件国籍条項の条約適合性の判断を憲法適合性の判断の前に行わず、憲法適合性に関する判断をそのまま流用したとし、そのような判断方法は不当である、と主張する。

しかし、本件国籍条項の条約適合性と憲法適合性について、判断をする順序によって、その判断の内容が変わるわけではない。原判決は、B規約二六条等の内容を検討したうえ、結論を出しているものであって、これを不当ということはできない。

控訴人はまた、原判決は、ウィーン条約で明確に禁止されている国内法(憲法解釈)の援用によってしか判断を示せていない、と主張する。

しかし、控訴人のいうウィーン条約とは、条約法に関するウィーン条約二七条を指していると解されるところ、同条項は、国は条約上の義務を履行しない理由として国内法を援用してはならない、という趣旨の規定であり、原判決は、B規約二六条等の解釈に憲法一四条の規定の趣旨等を総合したうえ、本件国籍条項が右規約に反する無効なものということもできない、と判示したものであって、ウィーン条約二七条に違反しているということはできないから、控訴人の右主張も理由がない。

控訴人は更に、ゲイエ対フランス事件等の規約人権委員会の意見においても、B規約二六条違反の審査に当たり「客観的かつ合理的な基準」という厳格な基準が採用されているとして、本件国籍条項の憲法一四条及び規約二六条適合性の審査にあたり、緩やかな合理性の基準を採用して、本件国籍条項が合理的であるとした原判決の解釈判断は明らかに失当である、と主張する。

しかし、国際法上、条約の第一次的解釈権は締約国にあり、規約人権委員会の意見等が我が国の裁判所に対し法的拘束力を持つものでない以上、原判決の右解釈判断を不当ということはできない。

六  控訴人は、争点5に関し、本件シベリア抑留の発端は、単に日本国が軍人の帰還に手をこまねいていたという消極的・不作為のものではなく、当時の日本国の機関である高級軍人、参謀が旧ソ連に対し、当時の日本軍人を積極的・作為的に使役することを申し出ている歴史的事実が存在している、と主張する。

しかしながら、控訴人主張のような事実を認めるに足りる証拠はない(右主張に沿うかのような<証拠略>は<証拠略>に照らしてにわかに採用できない。)。

控訴人の右主張も理由がない。

第六結論

原判決は相当で、本件各控訴はいずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 井筒宏成 古川正孝 富川照雄)

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